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忘れられない『フロール』

不定期で時々たまらなく食べたくなるお菓子があります。

それがミディ・アプレミディのフロール。

フロールを初めて知ったのは、多分10年程前。

偶然ネットで見かけた記事でした。

 

紹介されていたのは、幾何学模様のはじまりのような、精密なうずまきのロールケーキ。

決して複雑な形ではないけれど、張り詰めた円の美しさ。

最初の印象はお菓子というより、アート作品でした。

どんなに美味しいんだろう・・・?と気になり、取り寄せてみようと思いました。

 

注文の前から戦いは始まっていました。

取り寄せの注文は電話のみ。

曜日や時間もたしか決まっていて、その時間にまず電話をするのが難しい。

そして、電話がなかなかつながりません。

かかったと思っても、注文を締め切ったアナウンスが流れたり。

 

たまに電話をしてはかからず諦め・・時々思い出してはまたかけてみる。

そんな戦いを続けた後、ようやく電話がつながりました。

電話口でお店の方は言ったのです。

「お届けは1年後になりますがよろしいですか?」

 

えっ、と驚きながらも、

1年後生きてるかな・・・と内心考える私。

しかし食べずにはいられない・・!と食いしん坊精神が勝った私は、不慮の事故に遭いませんように、と祈りながら1年後の約束をして電話を切ったのでした。

 

1年後、初めて食べたフロールはそれはそれは美味しくて。

全くパサつきのない、きめ細やかでふんわりしたスポンジ。

生クリームとは違う、コクがあって甘すぎない白いクリーム。

どれだけでも食べられそうな上品で後を引く味。

見た目から味から、じっくりと研究されて手をかけて作られているのが伝わってきます。

当時1本2800円ぐらいと結構高価だったのですが、納得のプロの味でした。

 

色んなパティスリーや洋菓子店のロールケーキを食べたけれど、お店や通販で食べたものを全部含めても、フロールを超えるロールケーキにはまだ出会ったことがありません。

 

忘れられない味でした。

たしか1年以内に、またお取り寄せしました。(その頃は3ヶ月待ちでした)

しかし、さらに1~2年後のある日、また食べたいな~とサイトを開くと、お取り寄せができなくなっていたのです。

注文されたフロールが受け取られないまま返ってきたり、注文から時間がかかることでトラブルが多いことから中止します、との理由が書かれていました。

 

フロールを販売しているミディ・アプレミディは京都のお店。

お店では、今でも食べたり購入ができるようです。(個数に限りがあるようです)

京都に行ったらぜひ食べたい、と思い出す度に思うのでした。

 

手土産のご案内 フロール | 菓道家 津田陽子

 

 

くるくるロールケーキ

くるくるロールケーキ

 

 

私にとっての親という存在

※ 重たい話なのでご注意ください。

 

 

Twitterなどで毒親や、親子関係に悩む話題を見るといつも胸がチクッとする。

昔のように思い悩むことはなくなったけれど、それでも親のことを考えるのはなかなかしんどい。

 

私の小さな頃、家には沢山の「ダメ」が溢れていた。

両足にハンデをもった娘に対する心配、親心なのかもしれないけれど、母は私によくこういった。

 

「あんたにはできないことが色々あるんだから諦めなさい」

「それは危ないからダメ」

「我慢しなさい」

「あんたはバカだから仕方ない」

 というような事をなにかのたびに言われる。

 

父は父で、怒ると暴力を振るう人だった。

なにか意見がぶつかっても反論は聞かずに、即「親に反抗するのか!」と物やこぶしが飛んでくる。

怒った時に運が悪いと、持ち物を取り上げて捨てたり燃やしたりもする気性の荒い人だった。

 

父も母も、「こうしないとダメだ」という表現をよくしてきた。

二人とも私のやる気スイッチをバンバンOFFにしてくる人だった。

褒められるのは学校の勉強がよくできた時だけ。

そして「あんたは体が悪いんだからもっと頑張りなさい」と言われる。

私は絵を描くのが好きだったけれど、絵が上手に描けても褒められたことはない。

むしろ役に立たないことをして、と絵を描くことは良く思われなかった。

勉強をしても楽しくないので、やる気も出ないし成績も伸びるわけがない。

 

恐ろしいのが、こんな風に言われることを嫌だ、そんなことないと思っていても、知らないうちにそれが常識だと思うようになっていくことだった。

自分はできないことばかりのダメ人間だ。

だから自分のやりたい事ではなく、勉強ができて堅実な仕事をしなければ認めてもらえないんだ。

嫌だという感情はあっても、そういうものなのだという認識になっていた。

自分をダメだと思うことは、楽だけど虚しい。

 

高校を卒業し進学のタイミングで、嫌でたまらなかった実家を出た。

家を出て、自由になったと思った。

卒業後、特に就職をしてからは一人暮らしを始め自由を感じた。

 

でも刷り込まれた価値観は、気づかないまま私にずっとついてきた。

本当に無意識に、何かを選択したりやろうとするとき、人になんと思われるか、周りからみて恥ずかしくないかなど、他人の評価を常に基準にしてしまう。

でも自分では、そうしていることにずっと気づけずにいた。

それほどにその価値観は私の意識に深く染み込んでいた。

仕事でも、誰でも知っているような有名な会社を選んで就職や転職をした。

上司から障害に関係なく、働きに対して評価もされていた。

でも、帰省した際に母が私について、周りに自慢する姿に吐き気がした。

自分でこうしたいと選んだはずなのに、周りにも認められたのに、どうしてそれほど楽しくないんだろう、やろうと思ったことを勉強しても辛いんだろう、とどこか違和感を感じていた。

 

「あ、本当は私がやりたい事じゃなかったんだ」

と、違和感の正体、苦しさの正体に気づいた時、やっとその価値観から解放された。

気づいたのは生まれて数十年後の今年のことだった。

 

親のことをこんな風に書くと、

「人のせいにして」

「もういい歳なのに親のせいにするのはやめたら」

とか言われるんだろうなぁと思う。

 

もちろん親だけのせいではない。

全て親のせいにしたいわけでもない。

両親以外の影響もあるし、親だって完璧な人間じゃない。

父については、父自身が力で支配するような育てられ方をしてきた節があるので、自分が知っている接し方をしていたのかなと気の毒に思ったりもする。

言葉も、励ましのつもりがネガティブな言葉でしか表現できなかったのかな、とも思う。

でも、私の世界に最初に蓋をしてきたのは紛れもない親だった。

その部分を許すのは難しい。

 

仮に女性にひどいことをされた過去を持つ男性が、別の女性に暴力を振るって逮捕されたとして、男性にどんな過去があったとしても、暴力を振るった事実は罪だと、過去と切り分けて考えられるべきだと思う。私の中ではそれと同じ。

 

私の両親が毒親だったのか、虐待といえる程のものなのかは分からない。

育ててもらったことには感謝しているし、愛情を感じなかったわけではない。

でも私が傷ついて、長い間苦しんだのは事実だ。

親のことを悪くいうなんて・・という常識にも、自分が人でなしになったようで悩まされた。

だから、そういった親に苦しむ人には親が嫌いでもいいよ、と言いたい。

 

今は、円満な親子関係もあればそうでない親子関係もあって、うちが後者だったというだけのこと、と思う。

親を責めたいとは思わないけれど、今さら胸の内をうちあけて分かち合いたいという思いもない。

ただ別々の人間として、お互いにそっとしておきたい。

私にとっての親はそんな存在です。

 

母と娘はなぜこじれるのか

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