** Hello world

映画とか本とか好きなものとつぶやき

耳の聞こえない彼女に思うこと

こんばんは。

 

本や映画の話題ではないのですが、一昨日ふとtogetterのまとめが目に止まったので、今日はそれについて思うことを書いてみようと思います٩( ‘ω’ )و

 

私が見たのは、「聲の形を見て「耳の聞こえない彼女が欲しい」と感想を持つことは倫理的に問題か」というまとめでした。

togetter.com

私がパッと見て感じたのは、「わー、引いちゃうな」でした。

 

「耳が聞こえない」という属性が先に来る文に、まず彼女というその人自身を見ていない点に、引いてしまう感覚がありました。

そういう意味では、これが「胸が大きい彼女が欲しい」という文だったとしても違和感はあります。

 

世の中には好みの属性や条件というのは確かに存在していて、顔が好み、胸が大きい、背が高い・・・等色々あります。

でも、それは本来好きになるトリガーの一つで、好きという気持ちは他にも性格や価値観などが複合的に合わさったもので、属性や条件が、好きという理由の全てではないですよね。

だからこそ属性が前に来ると、人をアクセサリーとして見るような感覚にひっかかるのだと思います。

 

 

 

でも、「耳が聞こえない彼女が欲しい」、「胸が大きい彼女が欲しい」この2つを比べると、明らかに「胸が大きい」よりも「耳が聞こえない」方に不快感を感じます。

その差を考えてみると、一般的にデメリットとされる属性を、自己満足の手段として求める思惑が見えるからかなと思いました。

 

ハンデがある女の子なら、拒否されなさそう、とか。

おとなしくて言うことを聞いてくれそう、とか。

手助けをして感謝されて充足感を得たい、とか。

 

うーん、やっぱり自分を満足させたいとか、見下されているように感じます。

 

上手く書けないのですが、感動ポルノを求められているような感覚もあります。

考えていて、映画「スラムドッグ・ミリオネア」に出てくる歌うたいの男の子をふと思い出しました。(一部ネタバレします)

見たのがだいぶ前なので記憶がおぼろげですが、路上で歌を歌い稼いでいた男の子は、ある日親方?に目を潰されて盲目になります。

理由は「そのほうが感動するから」。

 

そのほうが満足するから、耳が聞こえない人がいい、みたいに感じます。

 

スラムドッグ$ミリオネア[Blu-ray]

スラムドッグ$ミリオネア[Blu-ray]

 

 

私の元彼はみんなハンデのない人たちでしたが、上記のような人は(多分)いませんでした。上記と同じ思惑を感じていたら、付き合っていないと思います。

 

愛されたい、認められたいとか、自分を満たしたいというのは自然な欲ですが、あまりに強すぎると目の前の人間を物のように扱って傷つけたり、傷つけた事実にも気づけず鈍感になってしまいます。

 

自分よりも属性や理想を見ているなとか、見下されているという感覚は、自然と伝わります。

常に傷つけられる環境に身を置くのはとても辛いことですし、長続きするとは思えません。

 

でも、気になったきっかけが「耳が聞こえない」事だったとしても属性ありきでなく、1人の人間としての内面を知ろうとしてくれたり、その結果、耳が聞こえないという事以外に価値を感じる関係になれたなら、それは素敵なことだと思います。

 

多分まとめで書かれたニュアンスとしては、結局のところ、聲の形のヒロインがいい、ということになるんでしょうけどね(;゚∀゚)

私はマンガを少し読んだだけで映画は見ていませんが、「気になった女の子ができて、もしその子の耳が聞こえなくてもいいや」ぐらいの感覚で思ってくれる人が増えたらいいなと思います。

 

ハンデを持っていても普通の人です。人それぞれ性格も考え方も違います。

大人になってからは減りましたが、子供の頃は周りに純真無垢さのようなものを期待されてしんどい!と思っていました。

そういう人に惹かれたとしても、その人の人となりを見てもらえたらな~と思います。

 

読んでくださってありがとうございました(。☌ᴗ☌。)

映画『聲の形』Blu-ray 初回限定版

映画『聲の形』Blu-ray 初回限定版